執筆者:Fernando Polo

 ペップ・グアルディオラが率いていたチームのクライマックスだった。当時のバルサはどんな相手にもボールポゼッションで勝り、ディフェンスラインはキャプテンによって完璧に統率されていた。あれから10年後、バルサミュージアムでプジョルがムンドデポルティーボのインタビューに応じている。

「当時を振り返って真っ先に頭に浮かぶのは、我々には素晴らしい雰囲気があったことだ。どのクラブも成し遂げられなかった偉業をやってのけたチームには、楽しみながらプレーする気持ちと競争力があった。世界のフットボールにおいて革命的だったと思う。驚異的なオフェンスだけでなく、どこからでもプレッシャーをかけるスタイルで対戦相手すべてを驚かせていた」プジョルはそのようにコメントした。

 六冠最初のタイトルはコパ・デル・レイだった。2009年5月13日にメスタージャで行われたアスレティック戦である。「あの決勝戦で覚えているのは、ボールを取り返す方法だ。ホアキン・カパロスのチームは高い位置からプレスをかけてきたけど、グアルディオラはそのプレスを誘うことで、相手陣内に大きなスペースを作ろうとしたんだ。リスクはあったけど、上手く行ったよ」

 この試合において、プジョルは「ボージャンのゴールが重要だった」と語る。「準決勝は、ピントがマルティネスのペナルティキックをセーブしたことが勝利に繋がったが、試合ごとに異なる選手が主人公になったのが当時のチームの特徴だ。スタッフを含めてね。だからこそ、我々はあれだけのタイトルを獲得できたと思うよ」

 その次のタイトルはリーガだ。「ベルナベウで2-6の大勝利を収めたあと、我々はリーガ優勝に向けて大きく前進した。あの試合でゴールを決めたとき、アームバンドへのキスを抑えることはできなかったね。瞬間的に生まれた感情だった」

 チャンピオンズリーグについて、プジョルは「決勝に到達するまでの試練が忘れられない」という。「チェルシー戦第2戦は厳しかった。イニエスタのゴールがなければ終わっていたからね」

「決勝戦も難しい試合だった。最初の数分間で何度かチャンスを作られた。ただ、そのあと我々が落ち着きを取り戻すと、ユナイテッドの足が止まったんだ。やはりエトオの先制点が大きかったよ。エトオについては、シーズン開幕前にその去就が宙に浮いていたんだけど、選手たちからペップに進言したんだ。サミュエルは大きな助けになるってね。実際、そのとおりになったよ」

 四冠目と五冠目は2009年8月に行われたスーペルコパとUEFAスーパーカップだ。「UEFAスーパーカップは苦しかった」プジョルはそのように振り返る。「延長戦に入るときのペップの言葉を覚えている。"我慢強くボールを持って、今までと同じようにプレーするように"と言われたんだ。最終的にペドロがゴールを決めて勝つことができた」

 そして仕上げのクラブワールドカップ。バルサは12月19日にエストゥディアンテスと対戦した。「誰もがバルサが優位と言っていた。相手チームの有名な選手はベロンくらいだったからね。しかし、試合が始まると我々は大変な労力を強いられた。そして37分に先制点を奪われてしまう。バルサは89分にやっとペドロのゴールで追いついた。延長戦にメッシが胸で決めたゴールにいては、"ハートで決めた"と表現した人もいたね」

MundoDeportivo編集部

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