執筆者:Fernando Polo / Miguel Rico

 誰もが冬の移籍市場でチームを去るのは明らかだと考えていたはずだ。しかし、この2週間で状況は大きく変化した。苦しみと悲しみを経験したラキティッチのもとに、再び喜びが帰ってきたのである。

 ボルシア・ドルトムント戦、アトレティコ・マドリード戦、マヨルカ戦、ラキティッチが先発出場した3試合でチームが大きな勝利を挙げたことで、クラブはこのクロアチア人に対する考えを改めた。はっきり言うと、最近までは1月にどれだけの金額で販売するか検討していた選手を販売不可にしたのだ。

 売却による収入が見込めなくなったことや、支払い給与による経済的な負担は増えるが、それでもクラブはチームの進路を整えることを優先する。実際にラキティッチが起用された試合を振り返ると、彼のプレーには一貫性があり、チームに与える落ち着きや攻撃性は無視できないものだった。

 今シーズンは、セルヒオ・ブスケツ、フレンキー・デ・ヨングとミッドフィールドを構成する3番目の選手がなかなか定まらなかった。アルトゥールは順調にスタートしたが、波がある選手で、さらにフィジカルに問題も抱えている。そんな状況のなか、ラキティッチは再びその価値を証明した。

 ラキティッチの砂漠の横断が始まったのは夏だった。5月に行われたムンドデポルティーボのインタビューで、イヴァンは「デ・ヨングが到着してもポジションを失わない自信がある」と語っていた。

 バルベルデも、リヴァプール戦に敗れたあとでさえ、当時のチームに大きな変化は必要ないと考えていた。しかしフロントの意見は異なり、彼らは若手選手を先発に起用する案を進めた。その結果、ミッドフィルダーの構成はアンタッチャブルなブスケツ、将来有望なデ・ヨング、そして攻撃面でのさらなる進化が期待されたアルトゥールの3人になった。

 8月が終わりに差し掛かるころには、ラキティッチはすでに最悪なシーズンを恐れ始めていた。バルベルデもクラブも移籍の可能性こそ閉鎖しなかったが、最終的には彼を希望したパリ・サンジェルマンもユヴェントスも契約をまとめることができなかった。

 そして9月から試練が始まる。バルベルデは彼をベンチに閉じ込め、スポーツ部の幹部やマネージャーは、クラブの希望に見合うオファーがあれば1月に販売することを隠さず話していた。その結果インテルやユヴェントスが再び興味を持ったほか、アトレティコ・マドリードともリンクされた。苦しんだイヴァンは、「ボールを奪われた子供のように悲しい」とまで語った。

 そんなミッドフィルダーが今ポジションを取り戻している。ただ、バルサに放出する意思は無くなったものの、ラキティッチ本人の気持ちはどうだろうか。このままプレーを続けることもできるが、3ヶ月間プレーできなかった苦しみで、その考えに変化が現れていても不思議ではないからだ。

MundoDeportivo編集部

著者プロフィール MundoDeportivo編集部