そもそもプティが最初に「バルサのドレッシングルームで人種差別を経験した」と語ったのは2015年だった。それから4年後、彼は母国のラジオでそのコメントをバージョンアップしている。

「衝撃的かもしれないが、たびたび人種差別を目の当たりにした。私が到着したタイミングは悪かったと思う。ドレッシングルームには、カタルーニャ人選手とオランダ人選手のあいだで争いが存在していた。(監督の)セラ・フェレールにも、チームマネジメント能力やカリスマ性がなかった」

「厄介だったのがナショナリズムだ。チームメイトたちは私にスペイン語ではなくカタルーニャ語を勉強するように言った。私は"スペインにいる"と答えたが、彼らは"カタルーニャだ"って言うんだ。そんな感じのやり取りにうんざりしていたよ」

 この内容が報じられたあと、当時のチームメイトのひとりだったジェラールが、『El Transistor de Onda Cero』に「彼の発言した内容は深刻だ。なぜなら、当時のドレッシングルームにそんな問題は存在しなかったからだ」と語っている。

 ではなぜプティはそんなことを発言したのか。その理由について、ジェラールは「彼はバルサを率いるリーダーになると考えて加入したが、実際には何の栄光も手に入れることなく控え選手で終わった。自分を守るために何か言いたかったのだろう」と推測する。

 またジェラールは、当時のチームがスペインではなくカタルーニャを優先させたというエピソードも否定した。「アルフォンソは手首にスペイン国旗のプルセラを8本もつけていたけど、それに突っ込む人間は誰もいなかったよ」

 ジェラールは続ける。「確かにバルサはカタルーニャ語の勉強を勧める。それはチームメイトと円滑なコミュニケーションをとるためだ。でも、プティはカタルーニャ語もスペイン語も学ぼうとしなかった。それどころか、グループに参加しようとする姿勢すらなかったよ」 

MundoDeportivo編集部

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