執筆者:Jordi Subiran

 サミティエルはマドリードのキャプテン、サンテイアゴ・ベルナベウ、リカルド・サモラ、フランシスコ・ブルらと親しかったが、これがリーガの歴史で最初のセンセーショナルな移籍劇を生み出すことになった。

 アスルグラナ入団から14年後、意見の相違によりクラブ幹部との関係が悪化していたサミティエルは、1933年1月7日に飛行機で単独マドリードに旅行する。そこで彼はレアル・マドリード(当時はマドリードCF)と契約したのだ。

 その数週間後に白いユニフォームに袖を通したサミティエルは、このシーズン6試合で3ゴールを決めている。そのなかにはバルサ戦で2ゴールを決めた試合もあった。この試合はマドリードが2-1で勝利している。

 現役引退後にフランスに亡命して監督になったサミティエルは、1944年にスペインに戻ってバルサの指揮官に就任した。1972年5月に心臓病で他界した際には、バルサもマドリードも同じように哀悼の意を表している。

MundoDeportivo編集部

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