執筆者:Jordi Subiran

 翌日のムンドデポルティーボは、プラットのゴールについて次のような記事を書いている。「バントラとオラマス(エスパニョールのFW)がエメリ(レアル・ウニオンのGK)に危険を生み出す。オラマスのシュートは弾かれたが、そこにプラットが現れた。プラットは冷静にゴールを決めてエスパニョールが先制」

 "ピトゥス"の愛称で呼ばれたプラットは、スペイン内戦による中断期間を含めて1929年から1940年までエスパニョールに所属した。ペリコでの通算記録は138試合出場35ゴール。1940-41シーズンにエスパニョールからレアル・マドリードに移籍したが、ここではわずか5試合しか出場できなかった。

 そのシーズンを最後に現役を退いたプラットは、1943-44シーズンに監督としてエスパニョールに戻っている。その後、いくつかのクラブを率いたあと指導者としても引退。1988年3月11日、バルセロナで76歳の生涯を閉じた。

 ちなみにプラットがリーガ初ゴールを記録したとき相手、レアル・ウニオンのゴールを守っていたアントニオ・エメリは、現アーセナル監督ウナイ・エメリの祖父である。

MundoDeportivo編集部

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