執筆者:Ferran Martinez

 現在、アドリアはアリカンテに本拠地を構えるエルクレスCFで新たな冒険を始めようとしている。1997年2月11日にバルセロナで生まれた青年は、リコ・ペレス(エルクレスのホームスタジアム)でプロになってから初めてのインタビューに応じてくれた。

-アリカンテでの調子はどうですか?

「落ち着くまでに少し苦労したね。完璧な状態じゃなかったから。プレシーズンマッチには1試合も出場できなかったし、誰がみても最悪なコンディションだった。でも、今はとても調子がいいよ。いつでも試合に出る準備ができている」

-10日前のデビュー戦ではゴールも決めましたね

「とても満足している。個人のプレーにもチームの結果にもね。ホームゲームだったので、絶対に勝たなくちゃいけなかった。そんな試合でゴールを決めることができたんだ。夢のようなデビュー戦だったと言えるね」

-移籍当初もチームは不安定で、監督の交代もありました。今の指揮官はクラウディオ・バラガンですが・・・

「バラガン監督には明確なアイデアがある。力強い指揮官で、僕らには勇気をもって戦うことを望んでいる。トレーニングは厳しいけれど、個人的には気に入っているね。チームの目標はプレーオフに進出してセグンダAに昇格することだ。順調なスタートは切れなかったけど、昇格圏内まで勝ち点4ポイント差にまできた。あと3試合勝てば、順位表の一番上に立つことも可能だ」

-あなたが決意していることはありますか?

「たくさん試合に出て、自信を取り戻すことかな。昨シーズンは1試合も先発できなかったからね。フットボールをまた楽しみたいよ。何よりも好きだから」

-バルサとの終わり方は良くなかったようですが・・・

「バルサとはきっぱりと縁を切ったんだ。残っていた契約も解除してもらった。今シーズン、ジェラール・ロペス監督にたくさんの選手が捨てられたことには驚いたよ。別に彼のために戦っていたわけじゃないけど、その多くが下部組織からの選手だったし、最低限の敬意は払われるべきだったと思う。納得できなかったね。でも、僕はそれを受け入れて、自分にとってベストの解決策を模索した。それが、エルクレスに行くことだったんだ」

-"ビラノバ"という苗字にプレッシャーを感じていますか?

「昔はそうだったかも。バルサのカンテラ時代、僕がフットボーラーとしての素質やクオリティを証明しても、人々がまず思い浮かべるのは、バルサで監督を務めた父のことだった。そういったことには少し不平等さを感じていたね」

-あなたがバルサで得たものは何ですか?

「人々との出会いかな。バルサで出会ったチームメイト、監督、コーチ、クラブスタッフ、ラ・マシア関係者の存在は、僕にとってかけがえのないものだ。選手としてだけじゃなく、ひとりの人間に対して彼らがしてくれた全てのことには、感謝の言葉しかない。バルサは僕の人生の一部だよ」

-あなたの父親ティト・ビラノバについても話しましょう。彼がバルサに残したものは何ですか?

「僕の父の遺産は、ラ・マシアにおける信頼だ。バルサにおける父の計画の基盤で、すべてのアイデアの根幹になっていた。父がトップチームを率いていたとき、クラブ史上初めてピッチに立った11人が全員カンテラ出身者だったことがある(2012-2013シーズンのリーガ第13節レバンテ戦)。また、リーガ歴代最多タイの勝ち点100(2011-2012シーズンにレアル・マドリードも勝ち点100を達成)でリーガ優勝も果たしたね」

-彼の名前は、シウタット・エスポルティーバのピッチ、カンポ1の名称になりました。

「クラブの心遣いで、父はこれからもバルサの一部であり続けることができる。僕たち家族にも光栄なことだ。ティト・ビラノバという名前のピッチでトップチームがトレーニングするんだ。こんなに嬉しいことはないよ」

-ティトが亡くなったとき、あなたはバルサのフベニール(U-19)でプレーしていました。あなたにとっては最も苦しい時期だったのでは?

「父を失うということは、誰にとっても辛いものだよ。ただ、僕がバルサにいたときだったから、精神的なダメージは大きかったかもしれない。それでも前を向くことができたのは、父も愛したフットボールに集中したからなんだ」

-フットボールに関係ないところでも、ティト・ビラノバは素晴らしい人間でした。

「父は僕の心の中に生きている。多くのアドバイスをもらったけど、いつも思い出しているよ。人生はいつ終わるか分からない。だからこそ、人間は日々努力することが大事なんだ。自分がどこにいるのかということも考えなくちゃいけない。僕はバルサでもエルクレスでもそうしている」

-あなたも父と同じ道を進むべく指導者ライセンスを取得しているそうですね?

「そうなんだよ。選手してのキャリアを終えたあとは、指導者になりたいと考えているんだ。理想はバルサで指導することだけどね。フットボール・バセ(育成年代)の指導からキャリアを始めて、少しずつ上の年代の指導をしたいと考えている。父の哲学、カンテラの"家族"を大切にする指導者になりたいね」

MundoDeportivo編集部

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