ボージャン父には過去FCバルセロナで働いていた経験があり、アスルグラナの技術部門に欠かせない人物だった。チキの名で知られるアイトール・ベギリスタイン氏がバルサのディレクターを務めていたときは、ボージャン父の情報によって選手の獲得や放出が決まったこともある。

 FCバルセロナがボージャン父の退職を発表したのは、サンドロ・ロセイ元会長の就任1年目だった2011年だった。同年6月30日の満期をもって契約終了している。偶然にも息子のボージャンがFCバルセロナから退団したのもその夏だった。ボージャンがさらなる幸運を求めて、当時ルイス・エンリケ監督が率いていたASローマへ移籍している。

 FCバルセロナを退職する直前、ボージャン父はとりわけフランス・フットボールのリサーチを行っていた。現在は、もともとの専門分野であったバスケットボールにかかわっているようである。

 FCバルセロナを離れたボージャン父は、アイトール・ベギリスタイン氏の推薦でマンチェスター・シティのスカウトを務めた。そのほか、スペインのラジオ局『ラ・カデナ・セール』のフットボール番組『ケ・ティ・ジュガス』で週1回のレギュラーも務めている。同番組内では、FCバルセロナのスカウト時代に実現しなかった補強について語ることがあり、ルカ・モドリッチやティボ・クルトワの名を挙げていた。

「クルトワはバルサにに来ることを望んでおり、当時はまだ無名だったので移籍金は300万ユーロ(約3億9,000万円)だった。しかし、チェルシーがいち早く動いた。私の報告書がスビ(元テクニカルディレクターのアンドニ・スビサレッタ氏)のどこかのボックスの中にあるはずだよ。同じように無名だったころのヴァラン(現レアル・マドリード)も推薦したんだけどね。そんな選手たちがほかにもたくさんいる」

MundoDeportivo編集部

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